終業時間 5分前
仕事に目処をつけ
ちょっと気が緩み始めた その時
「★△♯∞⚂↺☆ー!」
背後から 甲高い叫び声
驚いて振り向くと
「来た来た」「居る居る」
「来た来た」「居る居る」
Sさんが 椅子から立ち上がり
オルゴールの 回転バレリーナ人形のように
くるくる 回っている
『おいおい 大丈夫かぁ?!』
隣の席の Tさんが
「終業ギリの奇声は やめて下さいよ~ 心臓痛ーい」
そう言いながら
S さんの頭の先から 足元まで見た上で
「大丈夫 カメムシは付いていませんよ」
そう言われて バレリーナの回転は止まったが
「(羽音が耳元で)ブ~ンっていった ブ~ンっていった」
「何処行った 何処行った」
あちこちに 視線を彷徨わせながら
パニッくっている
「テトはおらんって」
そう声かけした私を いきなり指差して
「そこにおる!」
目がマジで 怖いんですけど
指先の示す方向を 目で追うと
彼女のデスクに置かれた
箱のふちに1匹停まっていた
その後 蛍光灯に居た仲間2匹も 虫網で捕獲
ガムテープの刑に処して
ようやく職場に 平穏が訪れた
現在は二児の母の Sさんが
20代の頃は 髪を金髪に染めて
「怖いもの知らず」の イメージだった
しかし 彼女の虫全般が 苦手という
ウィークポイントを 知ってからは
親しみが湧いて 付き合いやすくなった
終業のチャイムが鳴って
自分の用具を片付けようとしたら
いつの間にか そこにも居た
このカメムシは 手を擦り合わせる動作を見せる
まるで 命乞いをするように
「やれ打つな 蝿が手を擦り足をする」
小林一茶さん ごめん 私は打っちゃう
しかし 目の前でカメムシに
何度も 手を擦り擦りされると
さすがに 躊躇してしまった
結局 ガムテープにくっ付けたものの
折り畳まず そのままの状態で
屋外のゴミ箱に 捨てた
運が良ければ 助かるだろう
あのガムテープは 少し粘着力が弱いから
中途半端な仏心で 悪いけど
君の好運を祈るよ