硝子の瞳と猫と

心温まる事 癒してくれるもの 綴っていきたいな

こんな旅館 ある !?

息子が幼稚園児だった頃 親子で九州に遊びに出掛けた 

急に思いついての一泊旅行

ようやく予約が取れたのは マイナーな温泉地の旅館だった 

しっかり遊び 少し遅れて着いた宿泊先 

しかし受付で「本館ではなく別館になります」

地図を渡され 晩秋ですっかり暗くなった道を 20分位車を走らせて 

ようやく着いたのは 川の中州にある木々に囲まれた旅館だった 

 

暗い玄関を入ると 正面に広い階段 その横には不用な椅子やテーブルが積んであった 

右側の受付も無人 左側の細く暗い廊下に声を掛けてもシンとしている 

「廃旅館?」と思っていたら 「いらっしゃいませ」

眼鏡をかけた細身のおじちゃんが にこやかに階段を下りて来た 

スリッパに履き替え 2階の部屋に案内され 丸いドアノブが付いたドアを開ける 

入って左にあるドアを開けたおじちゃんが

「ここトイレです あ スリッパがない 後でお持ちします」 

右の襖の先が居室になる 

「食事は一階の座敷です 鍵はありませんので貴重品はお持ち下さい」

「鍵の無い部屋?」 こんな旅館 ある!? 

 

とりあえず襖を開けると 右に押入れがある10畳位の和室 

しかし 正面と左側の壁に 深さ3cm位の大きな四角い木製の箱が

伏せた状態で接着されている 

もしかして「何度塗り直しても浮かんでくる顔」「何者かが出てくる鏡」とか? 

いやいや 箱の向こうは どう考えても窓だろう 

美しい川の景観を 窓ごと封鎖 こんな旅館 ある!? 

 

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今日の疲れを取る為 温泉風呂に向かう 

幸い 女湯には私だけ 

髪と身体を洗った後で 浴槽に足をつけ..「熱っ!!」

熱めのお湯が好きな私でも 到底入れない程の高温 

洗い場の端に延びていた 青いビニールホースから水をじゃんじゃん出す 

加えて 複数の洗面器を使い 洗い場の水をピストン給水するも 湯温は下がらない 

きっと 浴槽の下に マグマ溜まりが有るに違いない 

湯に浸かれず かけ湯しまくりでヘロヘロになった 

煮えくり返ったのは「お湯」だけではない「私のはらわた」もだ 

男湯は良い湯加減だったようで 憤懣やる方無い こんな旅館 ある!?

 

夜もふけて 子供は寝てしまった 

布団の上に寝っ転がって 二人で観ていた「土曜ワイド劇場」という

サスペンスドラマは 犯人が判明するクライマックスに差し掛かっていた 

突然『ガチャ』 部屋のドアが開く音がした 

ぎょっとして そちらを見ると いきなりサァーと襖が開けられ 

「トイレのスリッパお持ちしました~」

スリッパを顔の横に掲げた 眼鏡のおじちゃんが満面笑顔のままで 襖を閉めた 

これには 怒りを通り越して唖然とした 

箱の向こうに封印された?化け物よりも 無作法な人間の方がはるかに怖い 

こんな旅館 ある!? 

 

翌朝 昨夜とは別人のように無愛想な眼鏡のおじちゃんに 安くもない料金を支払い 

「二度と来るか」と 内心毒を吐きながら 駐車場に向かうと 

近くに 移動販売車が停まっていた 

朝市なら 地元の特産品があるかもと寄ってみる 

店主のおばちゃんと会話しながら「何かここ変わった旅館ですねぇ」と ぼやくと

「あぁ ここ以前は療養所だったけんね」アッサリ言われて 

「鍵の無い部屋」「封鎖された窓」の謎が解けた気がした 

 

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真っ赤に燃えた炭火のような 怒りの「飯マズ」・「熱湯風呂」・「突撃スリッパ」は 

胸の火消し壺に入れられ 20年以上経って「笑い話」という炭になっていた 

今では 地名も旅館の名前も忘れたけれど あんな旅館 ないわ~